青東風 有象無象のペンラの1つ

二次元アイドルから三次元アイドルを逆輸入したオタクのブログ

趣味が楽しめなくなったオタクは病院に行った方がいいよ

1年ちょい程通っていた心療内科の通院が、とりあえず先日で一旦終了となりました。

薬はまだちょびっと残っているので、1日おきくらいに飲み干してようやく献血できるようになります。*1

 

ここ数年、私はことあるごとに『楽しいオタクでいたい』と強く思うようになりました。一体どんな人がこの記事を読んでいるのかさっぱりわからないけれど、まあ自分のお気持ちの整理というテイで、色々長々と書き殴ってます。前回途中まで書いてアップしてましたが、今回はその完成版です。

 

※人によってはウッとなったりするかもしれないので自衛お願いします

 

 

 

通院まで

 

もともと根暗なネガティブで、高校時代の口癖が「鬱だ…」という高峯翠*2みたいな性格だったのに加え、あとあとHSP*3の傾向が強いことがわかった、マジですぐ泣く(MSN)陰キャでした。

大学時代は心理学を学んで、そのうち『自分、結構完璧主義のプライド高女やったんやな…』と自覚するようになりました。最初はそんなえばっとらんし…と思ってたけど、人の手を借りるのがトコトン苦手で、誰かに教えてもらうとか助けてもらうのが恥ずかしいと思うタイプだったことに気づく。この手のタイプは自分で責任背負い込みがち、ヘルプを言うまでに自滅しやすいので要注意です。ここ、テストに出ます。

 

それはともかく、メンタル狂うのが多くなったのは、大学入ってからが多かったように思う。どうにも気分が落ち込むとかメソメソしたり。ピークは就活でした。とにかく自分が嫌いで嫌いで、はじまる自己否定。なんでこうなんだろうとかうまくできないんだろうとか。私は上京して就職したいと思っていたので、金無し学生が就活の度に利用していたネットルームのかた〜い床で横になるたび、グルグルグルグル暗い澱んだ気持ちがドロドロ身体から出てくる感じだった。まあなんとか就職はできて、一旦メンタル回復した。たぶん。

 

ここで歳がバレるけど、ちょうど卒業入社にコロナが入ってくる。人よりラクダが多い地元を離れ、ひとり関東へ。もちろん、就活してた時はこんなことになるとは思ってもなかった。

私の就職先は、福祉関係の宿直勤務がベースの基本1人で働く事業所でした。常勤職員は2名いるけれど、シフト制で週に1回交代の際会うくらいと考えてもらっていい。まあ色々割愛して、何が言いたいかというと圧倒的な孤独・孤独・孤独の新卒になってしまい、たぶんここでドンドコ病んでいったのでは…と思っている。職員さんはみんないい人で、上司も良い人です。ただ、私の働いてるところは利用者さんが生活しているところなので、リモートもクソもなく、みんなが外出できない分自分の仕事が増えるというアレだった。

ベテラン職員さんでさえも未曾有の出来事だったコロナの中、みんなで励まし合って働いてて、『大変なのはみんな同じだから』と言われてしまうと、そうね…となるしかない。この言葉、結構言いがちだけど、疲れているのか寂しいのかわからなくなっていたその頃の自分にとっては呪いの言葉だった。

『みんな大変だから、これくらいで根を上げたらいけない』

『他の人も頑張っているんだから…』

『もっと頑張らないと』

急に勤務になって、調理で使う包丁を持って『これで刺したら楽になるかな…』と本気で思った。痛いのヤだからやらなかったけど、動悸が激しくなって、しばらくしゃがみ込んでた。

職場でメンタル不調になるのは、以降はだいたい休憩時間が多かったです。あと家。仕事してる時は、対人援助職だからそっちに気が入ってむしろ不調ではなかった。

なんだか急にまた自己嫌悪がはじまり、自分が情けなく思える。喉の奥が苦しくて涙が出て、食べなきゃと思ってたから食べてたけど、食べたあと胃とか喉のへんがず〜っと気持ち悪い感じ。吐いたことはなかったですな。

 

色々と人生を鼓舞する曲を聴いては泣いて泣いてばかりいた。脱線するけど、このへん

苦しむために生きないで あなた自身を愛してくれ*4

 

あなたを生きて あなたを生きて あなたを生きて

誰でもない あなたを生きて 生きて*5

 

そして狂ったように友よのMVを見ては泣いていた。


www.youtube.com

 

なんとか消えそうなろうそくの火を消さないように消さないように頑張っていた感じ。

 

一気に加速したのは年明けから。

誤解を生みそうだけれど*6、兼オタである嵐が活動休止に入り、完全に空っぽ状態に。もちろんそれだけが原因ではないと思いますが…。

 

こっから休日が辛くなり始める。何もやる気が起きない…ダラダラネットサーフィンしてたら一日終わっちゃった、ではなく、やる気が起きず横になるも、テレビを見る気もしないし音楽を聴く気もしない。ただ時間だけがゆっくりじわじわ過ぎていく。働いているときは早く休みになれと思うのに、休みになったら休みになったで、何もしたくなくて何もできなくて、その無限にも思える空虚な時間がたまらなくしんどい

普通、休みの日が無限に感じるって超ラッキーじゃんと思うけれど、それはたぶんやりたいことがあるからだと思う。今まで楽しめていた円盤も見る気になれず、元気が出る曲も聞く気になれず、眠気もなくて、ゲームも特にしたくなくて真っ黒なスマホ画面を見つめたまま、窓の外がゆっくりと暗くなるのを待っていて……もったいなく時間を過ごす自分に自己嫌悪を感じ始め、そっからズルズル色んな自分の情けないことを考えてしまう。ひどいとダラダラ涙が出てきて、動悸が激しくなってとにかくしんどい。その時間がたまらなく長くて嫌で仕方なくて、休みなのに早く終われとさえ思った。本当の無気力とか憂うつって、アレだったのかなあと今なら思う。

 

ストレスが発散できなくなって、仕事が終わっても逃げ道がなくなってきてしまった。

ある退勤の帰りのバスで、ドコドコ涙が出てきて、う〜しんどいしんどいがピークになって、帰ってそのままトイレに駆け込んだ。便器に向かって顔を突き出しても、吐き気はするのに吐けない。そのまましばらくトイレにしゃがみ込んで、ダラダラ泣いた。

 

誰でも希死念慮を抱くことはあると思う。暗い気持ちになることもある。みんなそれでもうまいこと気分転換して乗り越えているんだろうと。だからこれくらい、これくらいみんな耐えてるんだと思っていて。

 

いつか振り切れてしまえばいいとずっと思っていた。ピンピンに張りつめて、無理やり伸ばし切ったソレがパチンと弾けて千切れてしまうのを本当は心待ちにしている自分がいた。その向こう側に行きたいと思っていた。

 

その時何が聞こえたのかと言うと、ずっと『どうにともなれ』と『早く死にたい』でいっぱいだったものをかきわけた先にあった『助けてほしい』だった。

 

いつ死んでもいいと、今すぐ死んでもいいと思っていた自分の心から、初めて『助けてほしい』という、生きることへの想いが聞こえた。

 

 

⭐︎突然のポエムーーーーーー!!!!!!

 

閑話休題

 

今まで自分のことを『死にたがりの死ねない人間』だと思っていたので、その『助けてほしい』という感情があったのは正直驚いた。これはアカン、この声俺が聞き逃したら誰が聞いてあげるんや?と思い直し、とりあえずトイレから脱出。部屋に移動。

 

こっからあまり覚えてないんだけど、とりあえず誰かに相談しようと思って、LINEのともだち一覧を指でぴょいぴょいしながら見つめる。家族は心配するだろうから話せない。この子は相談したら向こうまで気に病んでしまうかもしれないから話せない……等々考えていて、結局『今ちょっといい?』とメッセージ送れたのは中学の友人と大学の同じゼミの友人。今すぐ誰かに聞いてほしいのに、どうにか自分のことを助けたいのに、まあそりゃすぐには返信こない*7

ええいこうなったら病院じゃと色々かけてみるも、土曜の真昼間だったこともあり、すぐには予約取れないとか、まず症状を聞いて先生に診てもらう必要があるかどうか判断しますだのなんだの言われ、呆然とスマホ画面を見つめる。この受付の人、このあと私が死んでも目覚めが悪くないのか…と向こうは仕事してるだけなのに失礼なことを思う。

いざ助かりたいと、助けてほしいと思っても、誰もすぐには助けてくれないのだと思い知った

初めて助けてほしいと心から想ったその日に。

 

なんだか気が抜けたように呆然として、結局家から少し離れているものの、2日後にまだ枠があったメンタルクリニックを予約。まあこんなもんか…こんなもんだよね…みたいな気が抜けた感じだった。息苦しさもどっかへ行ってしまった。

 

後から知った話だけれど、よくある自殺する前にみたいな電話相談、全然つながらないらしい。それを知って、なんとも言えない気持ちになった。

 

余談ですが、連絡とった2人からは後日返信があり、中学の友人はメンタルの調子悪くて漢方の病院に通っていて、大学の友人はうつ病で入院しているとのことでした。

 

 

通院

 

通院前にアンケートをこたてくださいとあったので、ネットで入力。他のサイトを見たときに、こういうチェックリストをもっていくといいとか、症状についてまとめておくといいとか見かけたので、泣きながら*8書いた。

いざ持って行ったら、ま〜先生、いらん広告のチラシのごとくサーっと目を通すだけ通して、「あー双極性っぽいってのは違いますね」とか「仕事大変ですよね」とか決めつけで人の話を全然聞いてくれず、、、 

ズタボロで傷口なんとか縫ったのに、なんで抉るんやコイツ…みたいな感じでした。あんまり言うと悪口になってしまうけれど、正直自分には合わなくて、「命を投げ打つようなことなしないでくださいね」みたいなことを「そこペンキ塗りたてですよ」くらいのテンションで言われ、このままこっから飛び降りてやろうかと*9思った。もう2度とくるか!!!!!と思った。

 

診察後、待合室で簡単な心理テストと診察のアンケートのようなものを記入し、それに主治医について『絶対かえてほしい』と選択して返したところ、受付から人がすっ飛んできた。一体何があったのかと聞かれ、なんか泣けてきて、しゃくりあげながらかいつまんで話したら、その女性の方がものすごく優しく対応してくれて、さらに泣いた。*10今日の収穫はこの人に励まされたことかな…くらい女神だった。無事主治医はかわることになりました。

 

私が診察で泣いてほとんど喋らなかったせいか、すんなり初診で薬出してくれました。なんかもっとハードル高いのかと思っていたので…このとき精神のお薬が1ヶ月分以上処方できないのは、オーバードーズによる自殺を防ぐためだと知る。

 

カウンセリングもすすめられたのでやってみましたが、「仕事もうちはそこまで忙しくない事業所で、職場の人もすごく優しいんですよね…」と言ったら『じゃあ何で?』とグサッと言われ、はは、ナンデデスカネーと答えて2度と受けませんでした。心療内科とか精神は先生との相性、すごく大事です。

 

 

通院してからしばらく

 

すぐに良くなったかというと正直あまり覚えていないけれど、薬飲みたての頃は色々迷走してた。

通院する前から無気力時間潰しのために、いろんなアプリをダウンロードしては飽きて(というか飽きるほどしてもいなかった)アンインストールする、ということをよくやっていたように思う。

その中でTwitterじゃないつぶやきアプリみたいなのを入れて、なんかよく知らない人と繋がりを持とうとしたり、最終的に自分が人生相談にのったりとよくわからないことをしていた。今思うとなんでやりたくもないことしてたんだろうと思う。

 

それから、自分の年齢で恋愛経験も性体験も未経験なのがコンプレックスで、出会い系サイト的なのに登録した。よくcmとかやってるかわいいアプリじゃなくて、恋愛したい・できるわけないと思ってたから最初っから処女捨てる目的で…色々端折るけれど、結局2人目が終わった後で泣きながら電車に揺られて退会しました。若気の至りというか、なんかコンプレックスがひとつでも減るかと思っていたんですよ。結果自分は女性として人にみられるのが怖い、恋愛できない体質なんだな…というのを余計に実感して終わった。巻き込んでしまった方本当にすみませんでした。

 

薬飲んで通院してることは会社には現在進行形で黙っていて、というか初診の時に「今は仕事してる時の方が辛いことを考えないでいいから楽」と言ったので休職せずにここまできています。最初に話したのはおそらくLINEで連絡とった2人。それから母親、別の友だち…くらいな感じだったはず。母親には父には言ってもいいと伝え、姉には結構後で自分から話した。

母親は、それはま〜心配してくれました笑。そりゃそーだ…1人遠く離れた場所で就職して,コロナで帰ってこれない間に心療内科通いだしてるという事実。なんか色々送ってくれたし、ことあるごとに手書きの手紙をくれて、ポロポロ泣きました。ええそりゃまあ泣きましたわ。

孤独というもの力を知っていたから、相手が忙しかろうがじゃんじゃんLINEを送るようになったり、積極的に通話しようと言うようになった気がする。誰かと繋がっているということは、やっぱり心の支えだった。なんというか、誰とも繋がっていないと心がぎゅーっとなって、メソメソ泣いてしまう時が多かったから…繋がりたいのに繋がれない…。*11

 

ドーンときた時用に頓服ももらっていたのだけれど、どう言う時に飲んでいいのかわからなかった。

「こんくらいで飲んでいいのか…?」

「まだ頑張れる…」

とかなんとか悶々悩んで、飲むに飲めなかったことが多かった。最初は休みの日に飲むことが多かったけど、後の方は仕事の休憩時間によく飲んでいた気がする…。

 

 

なんか眠れなくなった

 

実はそれまではそこまで不眠に悩んでなかったのだけれど、急に眠れなくなってしまった。というか、寝つきが悪くなり、朝めちゃ早くに目が覚めるようになってしまったのである。

それまでの私、目覚ましがないとテコでも起きないでおなじみだったのに、休日に目覚ましかけないで朝4時くらいに目が覚めてしまうのである。

実は早朝目が覚めてしまう、はいまだにであるが、これは宿直勤務によるものだと思ってるので、もう放っている。当時困っていたのは寝つきが悪い方だった。

通院始めの頃に、規則正しい食生活・睡眠を心がけようと言われたので、私はそれまでの26時寝などをやめ、日付が変わる前には就寝しようと頑張った。頑張ろうとした結果、早く寝なければシフトに入ってしまい、寝よう寝ようと必死になって、眠れないとパニックになるというクソ状態。そして眠れないと嫌なことを悶々考えてまた涙が出てくる。苦しくて苦しくて、気絶したくてたまらなかった。安眠できる音楽みたいなのをYoutubeで流して、そういうアプリを入れまくって…みたいな感じだった。ちなみに今でもびっくりするほど眠りに入れない夜もあるけど、もう眠くなるまで普通にネットサーフィンするくらい元気になった。

 

眠れないことを話すと先生*12が睡眠導入の薬をくださり飲んだものの、今度は起きた後にダルさが残ってなんか寝たのに疲れた…みたいな感じだった。先生に話すと軽めの薬に変えてくれたが、今度はあまり効果を感じない…こんな感じで睡眠に関しては、だいぶ長めに悩まされた。

 

それから、どうやら眠りが浅いのか引くほど夢を見るようになった。というかもともと見る方だったけど、ちょっとした10分の仮眠程度からぐっすり10時間でもほぼ全て寝ると言う行為の最中夢を見て、それを覚えて目が覚めるというエスパーになった。悪夢もあればなんだあれ…みたいなのもある。飛行機のファーストクラスを通過したら(私の席はそこにはない、なぜ通過したのかはわからん)嵐が座っていた…みたいな夢も見た。やろうと思っていた仕事をしている夢も見て、起きてあれやったんだっけとマジで確認したのも1回2回じゃない。

 

 

ちなみに

 

初診の時言われたのかもしれないが、私は自分が何のアレで通院して薬もらっていたのかよくわからず、なんとなく何の病気なんですか?とも聞けずにいた。

心療内科通院だと自立支援医療*13の制度が利用できるので、私の症状でも利用できるのか聞いてみたときに『適応障害だと申請通らないかもしれないのでうつ病って書くことになると思います』と言われたので、たぶん適応障害だったんだと思う…。

 

 

通院終了まで

 

半年過ぎたあたりからは『もうこんなに通ってるんだから良くなってないとおかしい』『いつまでも薬に頼ったらダメ』『通院してるのを言い訳にして仕事をおろそかにしたらダメ』みたいなことが頭の端にずーーーーっとあって、なんというかまあ、自分で自分を苦しめるのがすごく得意だった。その度に先生が『手抜きできることろは手抜きしてくださいね』と言ってくださり、ホロホロと何か縛り付けているものが解けるような気分だった。薬に頼るまでおかしくなってたんだから(仕事のせいかは知らんが)、自衛のためにちょっとくらい楽したってええやん(ええやん)。

 

本当に頭の中を『死死死死死死』で埋め尽くされうような日々もあって*14、自分の中にいる何かがワーワー包丁を持ち出して、暴れ散らかして騒いでおさまらない時もあった。うずくまってたくさん泣いたし、本気で完全自殺マニュアル買おうかと思った。それでもまあ結局実際に死ぬことはなかったんだけど、それは死ねない理由が「死んだら迷惑がかかるから」だったんだけれど、それはものすごく寂しくことだなと思う。

高校の頃から「未練のある死に方がしたい」と言って友人に引かれたんだけれど、未練って、この世界に、この生きてる世の中に執着や愛着があって、生きがいがあるんだろうなと思って羨ましいから。まだやりたいと思えることがあるのってすごく羨ましい。誰かが不慮の事故で亡くなるたび「代わってやりたい」と思う自分には今すぐ死んでも後悔も未練もないから…。その根底の部分はあまりかわってないけども。

 

ただ今、少しだけ先の楽しみを待っていたい自分がいて、待てるほど視界が明るくなったことも事実です。

 

 

ライフハック

 

というか、色々地獄をみて、思うようになったこと

 

死んでも迷惑かかるなら生きて迷惑かけてもかわんないじゃん

・死んだらダメじゃなくてむしろいつでも死ねると思った方が楽に生きれる

・同じ仕事量でも同じ攻撃力でも受け手の力量が違うんだから、他人と比べる必要はない。誰かにとってはたった30に感じるものでも自分にとっては80に感じることもたくさんある。その逆も然り

お前が死んでもなにも変わらない だがお前が生きて、変わるものがある*15

悲しいこと嫌なこと嫌いなこと考えている時間、もったいなさすぎでは?

 

適応障害っていうんだから、何か特定の場面がアレでダメになるはずなんだけど、私は結局何なのかわからなかった。仕事も続けてたし…いやだから仕事じゃなかったのにみんなしごとのせいみたいに言ってきてただけなんすけど…。

でもこう、割と開き直った感はある。親に「こんな娘でごめんなさい」と謝るほど*16自分に自信がなくて生まれたことに後ろめたさを感じていたけれど、別に好きで生まれたわけじゃないし、どう生きったって人にそんなに迷惑かけなきゃいーだろくらいには思えるようになった。私の人生を良いものにできるのは私だけだし、それを良いかどうか判断できるのも私だけなので…。

 

自己肯定感って本当に大事。でもそんなにすぐに変われないこともわかってる。だからってメソメソしててもあっという間に歳とるし、だったらやりたいように生きていきたい。

 

と、大仰に書いてみたけれど、まあ普通に生活してたら生きるとか死ぬとかそんな考えないっすよね〜考えずに生きていくのが1番良いと思う。24時間365日何のために生まれたとか生きがいとか考えるのしんどすぎる。ケセラセラ、なるようになる、Blowing Journey  ですわ。

でも死ぬとか生きるとかそういう2択でしか考えられなくなる時がある。私は何とか自分でこっちにこい!!!って生きる方に引っ張っていったけど、他人に引っ張ってもらうのも大事だよ。死んでも3日も経てば元通りですよ。*17でも周りは思っているより哀しんでくれるよ、たぶんね。

 

個人的には通院してお薬もらって『私は普通の状態じゃないんだ』と箔を押してもらったような気持ちになれたのが改善の第一歩だったので、結論!

病院へ行け!!!!!

ただしすぐには予約取れないから!一歩手前で!!!!

*1:服薬していた薬が献血できないやつだった

*2:あんさんぶるスターズ!!のキャラクター

*3:Highly Sensitive Personの略。感受性が強く敏感である気質を持った人のことだが、明確な診断はなく結構曖昧

*4:ふりむくわけにはいかないぜ https://www.uta-net.com/song/197374/

*5:生きろ https://www.uta-net.com/song/231842/

*6:これかくとなんか嵐さんが悪いみたいな感じになっちゃうので…嵐さんは悪くないです

*7:2人とも、普段から密に連絡をとっているわけではなかった

*8:基本自分のこと地雷なので

*9:8階

*10:心療内科の受付って、もっと阿鼻叫喚な感じかと思っていたらみんな静かに待たれていて、むしろ私がワンワン泣いたことでヤバい感じにしてしまった

*11:

http://sarazanmai.com/

*12:初診の先生から、関西弁の優しいほんわかしたおじちゃんにかわりました。本当に大好きないい先生でした

*13:医療費の自己負担額を軽減してくれる制度。でも私の月1の通院額だとそこまで値段変わらなさそうだったので結局申請しなかった

*14:脳内メーカーで検索したら全部死みたいな

*15:人類、最遊記を見ろ

*16:本当に電話で謝った

*17:

森山直太朗 生きてることが辛いなら 歌詞 - 歌ネット